「アルナの子どもたち」

という、パレスチナ難民キャンプの現状を追ったドキュメンタリー映画の上映会があって、見に行った。

長年、ジェニンのパレスチナ難民キャンプで、子どもたちのために、演技や絵画や様々な創造的な活動を提供したアルナ・メル=ハミースというユダヤ人の女性の生き様と、彼女の劇場で幼い頃演劇活動をしていた子どもたちが、アルナの死後、第2次インティファーダを経て「その後」どうなっていったかを、アルナの息子であり、自らも役者として活動するジュリアノ・メル=ハミースさんが撮ったドキュメンタリー。


アルナは、イスラエル建国後参加した共産党で知り合ったパレスチナ人と結婚し、以来パレスチナ人の人権のために活動してきたという。映画の中でアルナはパレスチナの子どもたちを愛し、子どもたちに愛されていた。「学習がなければ自由はない。自由がなければ平和はない」と、子どもたちの公演に集まった人々の前で力強く語る様子は、ユダヤパレスチナという人種の違いをまったく感じさせないものだった。

作中で、ジュリアノ氏に対して、「同じアラブ人でさえ何もしてくれないのに、ユダヤ人が、どうしてこんなことをしてくれるのか不思議に思って、最初はあなたをスパイだと疑っていたけど、違うとわかった」と正直に告白していた子がいた。そこでは、パレスチナ人とユダヤ人の間に、はっきりと「信頼」があって、「平和」のためにはこの方向しかないのではないかと思った。


しかし、95年にアルナが癌で死去したのち、劇団は活動を停止、2000年に第2次インティファーダが起こり、ジェニン難民キャンプはイスラエル軍の侵攻を受けて壊滅状態に陥る。そして、ジュリアノ氏はそのジェニンを訪れ、かつてアルナの劇団でともに活動した子どもたちを捜す。

ある者は自爆攻撃(「テロ」という言葉は使われていなかった)を決行し、ある者は戦って、戦って、殺された。映画前半の、劇に興じるシーンでは、キラキラと聡明そうに輝いていた彼らの瞳は、いつの間にか、暗く沈んでしまっているように感じた。「希望がどうしようもなく欠落している中で生きること」の現実を、思った。子どもたちには希望を持つ能力があるけれど、一方でそこには、希望を保持し続けるには余りにも厳然とした現実(50年以上にわたる占領という事実)が揺らぐ事なく存在している。

そうでなくては、自爆テロなんて誰が好き好んでするだろうか。

と、そう思った。日本のメディアでは、まず接することのできない観点を知ることができて、良かったと思う。


最後に、この映画の日本語字幕版を製作した、「パレスチナ子どものキャンペーン」というNPOで、この映画の上映会・もしくは劇場公開への協力を呼び掛けているということなので、何かツテとかコネとか興味とかがおありの方は、どうか協力していただけたらと、上映会に参加した第三者として、思います。