まだ

ぼけーっとしている。

けど、とにかく何か書いておこうと思う。フィッシュマンズについて。

こんなに幸せな時が今まであっただろうか、とか書くとこの上なく嘘臭いけど、とにかくそういう感じだった。私は佐藤伸治が健在であった頃のフィッシュマンズのライブを見たことがないし、私が本当の意味でフィッシュマンズを好きになったのは彼の死後であったから、その、圧倒的な喪失感とか、そういうことはよく分からない。だからなのかも分からないけど、湿っぽいところはなかったと思う。

始まる前、サウンドチェックの段階から楽しそうにドラムをたたいている欽ちゃんの顔や、ネクスト・アーティストとしてモニターに出る「フィッシュマンズ」の文字や、出てきたときのちょっとはにかんだような譲さんの顔や、そういう諸々をとにかく見ようと思って、覚えておこうと思って、でも、半分はぐちゃぐちゃになってしまっている。なんだかよく分からないけど涙が出た。ライブで泣いたことなんて無いのに。

唄い手として呼ばれたのは郁子、永積、UA忌野清志郎の4人。それぞれweather report、ナイトクルージング、頼りない天使、Melodyを歌って、最後に4人とビッケも出てきてみんなでいかれたbabyを歌った。

永積までは、正直「演奏」を聴いている、という感覚だったのが、UA清志郎は、さすが、としか言いようがないくらい、ぐいぐい「唄」に引き込まれていた。こういうのを、「自分のものにする」というのかな、と思った。

最後のいかれたbabyは、それぞれ個性の強すぎる唄い手が5人同時に歌うのだから、流石にちょっとまとまらないような印象だったけど、その「みんなで大合唱」という終わり方も悪くないと思った。あと、いかれたbabyの時だったか定かでないけれど、ちらっとモニターを見たら、譲さんがコーラスしていた。私は多分はじめて、彼がコーラスしているのを見た。それがすごく焼きついている。

あと、天気がすごかった。サウンドチェックの時にはちょっと雨が降ってきていたのが、チェックが終わってステージも見てる側も静かにはじまりを待つ頃には止んで、郁子が歌い終える頃には雲の切れ間も見えて、UAの時には、空がえもいわれぬ色になっていた。出来すぎのような天気だった。まさに「マジック」とでも呼びたいような感じだった。

終わってからしばらく言葉がでなくて、一緒に言った友人と、ずっと代わる代わるため息をついていた。その後真心ブラザーズがなかったら、そのまま朝まで黙っていたかもしれない。

終わって移動しているとき、後ろから「短すぎる」という声が聞こえた。確かにそのときは、私もずっと見ていたいと思っていたけど、今は、とにかく、あの場に居ることができてよかったと思う。うん。




あと、赤犬とか、ソウルセットとか、DCPRGとか、真心とか、エゴラッピンとか、くるりとか、見た。みんなそれぞれ素晴らしかった。としか言いようがないよ、もう。

赤犬は、偉大なる「アホ」であると思った。北海道まで来て何をやってんだ*1

ソウルセットは、渡辺さんの声が好きすぎる*2。何とも表現できないけど。

DCPRGは、初めて見た。カテゴライズを拒んでるような音だなぁと思った。ジャズ?ファンク?もともと「カテゴリー」に詳しいわけでもないし、何なんだろ、と思った。菊地成孔という人が一層分からなくなった。指揮してたし。

真心は、もう、ありがとうございます。復活してくれて。「日本一のなで肩ギタリスト」をものすごく久しぶりに拝めた。人間はもう終わりだ!と素晴らしきこの世界を続けてやられたら、ちょっと、堪らなくなってしまう。

エゴラッピンは、いい加減体力的にしんどくて、後方でのんびり「視る」はずが、人が多すぎて、そして音が素敵過ぎて、そんなこと言ってられなかった。かっこよすぎる。あの声は何なんだろう。

そして、くるり。3時半過ぎから、深夜にふさわしい、静かな「祭」だった。さよならストレンジャーを延々とやった。10分か15分か20分か分からないけど。それがえらい格好良かった。「アンセム」的なものはあまりやらなかったけど、そんなんはもうどっちだっていいや、という感じだった、個人的に。しげるの何やら肩の力が抜けた感じが素敵だった。「朝焼けのロックンロール魔人岸田繁です。」には、笑った。新曲です、と言ってやった曲が好きな感じであった。

で、斉藤和義を聴きながら片づけやらいろいろした。曽我部もそうだけど、この人もえらく「シメ」の似合う人だなぁと思った。歌うたいのバラッドが、名曲過ぎる。歩いて帰ろうも。


いろいろ頑張れると思う。これから。

フェスに行く度に結局はそう思って帰ってくるのだけど。

いろいろ、それなりに頑張ります。

*1:ほめ言葉。

*2:私が、です。